考え方を変えてみる
ずっとアスペルガーの旦那さんとは無言の日々が続いています。
今年も残すところ1か月弱となって、
「今年は一体何回会話をしたのだろう?」と思いました。
会話をした時のことを思い出すほうが早いという、なんとも辛い状況です。
8月の下旬に数日会話が復活したこともありました。
旦那さんが職場に復帰する前の数日間です。
最初は会社も配慮してくれて、午前中だけの勤務でしたが
初日の午後に辞めたいとのメールが来ました。
私は特に返信しませんでした。
2年近く休んでようやく復帰したのに半日の勤務で辞めたいだなんて…。
勝手にしてほしいと思いました。
返信するだけ無駄だと思い、放っておきました。
すると数日後に「メールしたんですけど(怒)」と言われました。
そこから、また喧嘩です。
喧嘩疲れ
内容はさておき、最近はそのように喧嘩になるときには、別れたい気持ちを率直に伝えます。
何をどう言ってもかみ合わず、延々と喧嘩が続き疲れるからです。
むかしの出来事をなぜ今持ち出す必要があるのか、
何をどうしたいのか、
どうして私がこんなに責められなくてはいけないのか…
いろんなことを言われ、頭の中が訳が分からない状態になります。
そんな不毛なやりとりに本当に耐えられなくなり、結果的に離婚を提案します。
こんな言い争いをしている自分が嫌になる→離婚すれば言い争う必要がなくなる
という単純すぎる思考かもしれません。
でも、それくらい私もうちの旦那さんと同様に行き詰っているとも言えます。
何かの拍子に「それじゃあ別れよう」となれば、それはそれで
「ようやく」というようにようやく肩の荷が下りる気がしています。
結局は、何かと理由をつけて遠回しに否定されますが。
うちの旦那さんの立場を理解したいという気持ちはあります。
イラついた表情で目の前を歩かれたり、物にあたったりされれば
そんな気持ちもどこかに飛んで行ってしまいます。
会話が全くない、会話をするときは大抵喧嘩、だから私も話したくない、
という悪循環に陥っています。
だから、そのイライラの原因や物への八つ当たりの原因を探ることはほとんどしません。
時々探ってみるは喧嘩に至ってしまうので。
小さな考え方の変化
でも慣れでしょうか、以前より冷静になれるまでが早くなった気がします。
年齢を重ね鈍くなっているだけかもしれません。
ただ、どうしようもなくなることがあるので、最近はYouTubeなどで、
精神科医の先生のビデオを見ることがあります。
そして、私が想像する以上に、アスペルガーの旦那さんが感じる世の中は
相当生きづらいのではないのか、と感じるようになりました。
理解と日々の旦那さんのとの対応のバランスがまだ全くとれていないですが、
理解を深めるということを突き詰めれば、自分が楽になるかもしれないとも思います。
割と最近は、この状況を受け入れ、叶うことはないと思いますが、
いつか平穏な日々がくることを微かに願いつつ
自分がやりたいことに多くの時間を費やしています。
(もちろん離婚することになっても、それはそれで受け入れるつもりですが。)